徳山の盆踊tokyama no bonodori

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徳山の浅間神社では、毎年8月15日の夜、鹿ん舞、ヒーヤイ踊り、狂言が行なわれている。
鹿ん舞は、露払い2名、鹿頭を冠った牡鹿1名、牝鹿2名、ひょっとこ数名(人数に制限なし)いずれもその年の20歳になった若者によって行なわれることになっていたが、近年は中学生によって受け継がれている。
頭につくり物の鹿の頭を付け、紺の股引きに法被腹掛けわらじばき、両手に長さ30センチメートルの紅白のだんだら巻の棒を持ち、前かがみになってその棒の両端をからみ合せるようにして回しながら、鉦・太鼓・横笛・拍子木など囃子に合わせて大股で鹿が飛ぶように舞う。初めは軽く静かに、やがて大股にさっそうと、そして最初の位置にもどる。これを三度繰り返すと一舞終えたことになり、一舞終えるごとに牡鹿が牝鹿をふりかえると、鹿も囃子方も大声で、「ソーリャア・ウン・ハイ」と叫び、10数mの距離を突っ走り、また元の静かな踊りにもどるという素朴ながら勇壮な踊りとなっている。
この鹿ん舞は、昔作物を荒らす鹿などの獣を追い払い、豊作を祈ったことから起こったと伝えられているが、いつの頃からか、神社の境内で行なわれる盆踊り(ヒーヤイ)を警固するものに変ったといわれている。
15日の夕刻になると祭りの頭屋(当屋)を出発し浅間神社へ向かい、途中、地蔵堂に立ち寄って3度踊る。行列は、露払いを先頭に、次にミコシ・牡鹿・牝鹿・ひょっとこ、囃子方(1)、高張ちょうちん、囃子方(2)、神職、氏子総代、踊り子その他がつづく。神社につくと2.5間・4間の舞台があり、その上で「神寄せの式」を行ない、続いて舞台の上で盆踊りが、舞台のまわりでは鹿ん舞が行なわれる。
土地の人がヒーヤイとよぶ盆踊りは、歌の中に「ヒーヤイツン・テン・トン」という囃子詞が入っていることからこう呼ばれているもので、境内に作られたやぐら舞台で老人の唄う歌に合せて、10才前後の少女たちが京の舞妓姿で踊るさまは優雅で美しいものである。
現在では、神よせ、桜花、ぼたんなどの16番が残されている。
このあと狂言が行なわれるが、現在は題名のみが伝わり「百姓狂言」など実際に演ずる種目は少なくなっている。現在残っている台本の一番古いものは宝暦9年(1759)と記されたものである。
昭和62年、この盆踊りの形態が、古歌舞伎踊りの初期の仕組みを伝承するもので、これに動物仮装の風流が添えられているなど地域的特色にも富んでおり重要だということで国の重要無形民俗文化財の指定を受けた。
(公式サイトより)

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